American Packrafting Association(APA)とは|安全教育・川の保全・行政との関係づくり

世界のパックラフト情報

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米国のパックラフト団体、American Packrafting Association(APA)の公式サイトを開くと、寄付を呼びかける欄に一つの英文が置かれている。

The care of rivers is not a question of rivers but of the human heart.
(川を守ることは、川の問題ではなく、人の心の問題だ)

添えられている名前は「Shozo Tanaka」。足尾銅山鉱毒事件で知られる、田中正造である。

日本でもパックラフトを始める人は確実に増えているが、川での経験がないまま水に出る人も少なくないと思う。APAが10年以上かけて取り組んできたことは、これから日本のシーンが向き合う課題そのものだ。元リバーガイドとしては、特に安全教育の組み立て方と、行政との関係を急がずに積み上げる姿勢を参考にしてほしい。


日本の教科書の人物の言葉を掲げる米国の団体

田中正造は、明治期に渡良瀬川流域の鉱毒被害を訴え続けた政治家だ。日本では歴史の教科書で名前を知る人が多い。その人物の言葉が、アメリカのパックラフト団体の理念として掲げられている。

この英文は英語圏で田中正造の言葉として広く引用されているが、日本語の原文ははっきりしない。本人の言葉としてよく知られているのは、次の一節だ。

真の文明は山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべし

原典がどうであれ、川を使う側が川との向き合い方を問われるという考え方は、APAの活動全体に通じている。


APAとは

APAは2012年、全米各地のパックラフター有志によって設立された非営利団体だ。米国の税制上の非営利法人(501(c)(3))で、所在地はモンタナ州ミズーラ。会員は1,500人を超える。

設立の動機として挙げられているのは、安全、教育、保全、そしてパックラフトが米国の公有地で正当に利用され続けること。活動は大きく「学ぶ」「守る」「つながる」の3つに整理されている。

背景には、この10年ほどでパックラフトの利用者が急増し、川での経験がほとんどない人が大量に水辺へ出るようになった状況がある。道具が軽く手に入りやすいことは、パックラフトの魅力であると同時にリスクでもある。

→ What We Do(APA公式)


安全教育:無料で段階的に学べる仕組み

Be WaterWise

APAの安全教育の中心が、動画シリーズ「Be WaterWise」だ。ニュージーランドのパックラフト団体(PRANZ)と共同で制作され、全20本を無料で公開している。

前半の10本は危険の認識に焦点を当て、PFD、冷水、風、単独行、倒木などを1本ずつ扱う。後半の10本は技術の習得編で、道具選びと準備、川旅の計画、基本の操作とレスキュー、そしてリスク判断とグループでの動き方へと進む構成になっている。

当サイトでも一部を日本語で紹介している。

→ Be WaterWise(APA公式)

Packrafting 101

より短い入門編として「Packrafting 101」がある。川旅の計画と準備、艇へのリギング(装備の取り付け)、川のハザードの3本で、事故が起きやすい場面に絞った内容だ。

→ Packrafting 101(APA公式)

Packrafting Curriculum

指導する側に向けた枠組みもある。「Packrafting Curriculum」は、パックラフトに特化した講習を組み立てるためのもので、入門、穏やかな川での基礎、川下りの3段階に分かれている。教え方を細かく決めるのではなく、扱うべき項目を示す形をとり、現場からの意見を受けて改訂していく方針だ。

→ Packrafting Curriculum(APA公式)


論点をはっきり書く:川でのリーシュは危険

APAの発信で印象に残るのは、意見が分かれる話題でも結論をぼかさないことだ。その例が、パドルや艇を体につなぐリーシュについての解説記事である。

要点はこうだ。流れのある川では、リーシュが岩や倒木、流木に絡み、泳いで岸に向かうことも艇に戻ることもできなくなるおそれがある。実際に、複数のパックラフトの死亡事故で要因の一つとされている。一方、風や波のある湖や海の横断では、短く外せるリーシュが役立つ場面もあるが、それでも危険がなくなるわけではない。クイックリリースも常に確実に働くとは限らない。

結論は、習慣で付けるのではなく、その日の条件で判断すること。そして川では付けないことだ。

この記事は、先に公開した動画のメッセージが「川では使うな」と明確に伝わらなかったという反応を受けて書かれている。伝わらなかったことを認め、言葉を足して説明し直す。この姿勢も含めて参考になる。

→ Is It Safe to Use a Leash Packrafting?(APA公式)
→ 当サイトでの紹介記事:パドリング用リーシュの安全性を検証


保全:艇を洗ってから次の川へ

APAは、水辺への影響を小さくするための取り組みを「Low Impact Paddling」としてまとめている。現在の中心は、外来の水生生物を別の水域へ運ばないための対策だ。

パドルスポーツの人気が高まるにつれ、ミジンコの仲間や外来の貝類が、艇や道具に付いたまま別の川や湖へ運ばれる危険も増している。米国農務省は、外来種(陸上のものも含む)による経済的損失を米国だけで年間1,200億ドルと見積もっている。APAは、川旅と川旅の間に艇を洗浄することを推奨している。

パックラフトは持ち運びが容易なぶん、いくつもの水系を短期間で行き来しやすい。日本でも同じことが言える。

→ Low Impact Paddling(APA公式)
→ 当サイトでの関連記事:洗う・抜く・乾かす——水域を守るボートのお手入れ


行政との関係づくり:グランドキャニオンまでの10年

APAの活動のなかで、日本のシーンにとって最も示唆が大きいのがこの話かもしれない。

グランドキャニオンのコロラド川は、世界有数の川下りの舞台で、川下りの許可は抽選で割り当てられている。その一方で、国立公園は「ラフト補助型バックカントリー移動(RABT)」という枠を認めた。川下りの許可とはまったく別の、バックカントリー(奥地の徒歩旅行)の許可の範囲内で、最大8マイル(約13km)までパックラフトを使える仕組みだ。旅の主目的はあくまでハイキングやキャニオニングなどの陸上の移動で、川は補助的な手段という位置づけになる。

ここに至るまで、APAのコミュニティは公園局と10年以上にわたって信頼関係を築いてきた。現在、公園のレンジャーはパックラフターのことをよく知っており、好意的だという。

その一方でAPAは、公園のルールをかいくぐったり、計画の甘い旅をしたりしたパックラフターが違反切符を切られ、国立公園でのパックラフト利用の枠そのものを危うくしてきたことにも触れている。許可の範囲内で影響の少ない旅を計画することが、公有地でパックラフトの機会を広げる鍵になる。許可は一度得れば終わりではなく、利用者の振る舞いで維持されるものだ。

なお、この経緯を紹介するAPAの記事は2022年のものだ。現地で利用する場合は、国立公園局の最新の規定を確認してほしい。

→ Packrafting the Grand Canyon(APA公式)


コミュニティ:年に一度の集まりと各地のアンバサダー

APA最大の集まりが、年に一度の「Packraft RoundUp」だ。数日間のキャンプに、講習や夜のプログラム、資金集めを兼ねたイベントで、会期中には希望者向けのレスキュー講習や水上での講習も開かれる。

2025年には、各地でイベントを開き、パックラフトの安全と団体の活動を伝える「アンバサダー制度」が始まった。ワシントン州の人気の登山口では、森林局の担当地区のボランティアと並んでブースを出し、ハイカーに冷水の危険やPFDの着用、道具の洗浄について伝えた様子が紹介されている。

会員同士が質問や情報を交わすオンラインのフォーラムもある。

→ Packraft RoundUp(APA公式)
→ アンバサダー制度の紹介記事(APA公式)


日本から使える情報源

会員でなくても利用できるものが多い。いずれも英語だが、動画は映像だけでも伝わる部分が大きい。


日本のシーンにどう活かせるか

APAの活動から、日本のパックラフトシーンが取り入れられることは多い。

  • 安全教育を段階的に組み立て、無料で公開する
  • 意見の分かれる話題でも、結論をはっきり書く
  • 艇を洗ってから次の水域へ、という手順を当たり前にする
  • 行政との関係は、時間をかけて信頼を積み上げる

北海道の川は水温が低く、倒木も多い。パックラフトの手軽さが、そのまま事故の近さにつながりやすいフィールドだ。Packraft Hokkaidoでは、APAのような先行する団体の取り組みを紹介しながら、北海道の川での安全の考え方とマナーを発信して行きたい。

田中正造の言葉が英語になり、アメリカのパックラフト団体を経て、また日本に届く。川との向き合い方は、国を越えて共有できるものだと思う。


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